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日本で円、欧州でユーロが使われているように、世界各国にはそれぞれ通貨があります。

その中でもアメリカのドルが世界の通貨の中心であると言われます。では、いったいなぜアメリカのドルが世界の中心になったのでしょうか?。

アメリカのドルはなぜ世界の中心となる通貨なの?

ドルは「世界のお金」

基軸通貨とは、世界で基準・中心となる通貨のことです。いわば、「世界のお金」のことです。実は、1821年ごろはイギリスのポンドが基軸通貨でした。そのころ世界は金本位制を採用していました。アメリカのドルが基軸通貨になったのは、第二次世界大戦が続いていた1944年7月のことです。アメリカのニューハンプシャー州ブレトンウッズで開かれた連合国通貨金融会議にて、44カ国の代表が集まり、今後の国際通貨制度のあり方を話し合いました。そこで決まった今後の通貨制度を、会議が開催された町の名前をとって、「ブレトンウッズ体制」と呼びます。

当時、アメリカは世界一の経済力と軍事力を持っていました。ドルは価値の変動が少なく、安定しています。ドルは世界中のどの通貨よりも流通量が多く、信用力が高かったのです。このような理由からドルは世界の基軸通貨となりました。

この新しい国際通貨制度は、世界各国の通貨をドルと固定の交換レート(比率)を決めて、イギリスのポンドも、フランスのフランも、1ドルいくらと決めました。この交換レートは固定されていたので、「固定相場」と呼ばれました。

世界中にドルがあふれた

ブレトンウッズ体制後、ドルは世界中に出回り、世界各国は、ドルを使って貿易や取引しました。固定相場でしたので、日本の企業も為替の変動の心配をすることなく、どんどん輸出にカを入れました。
アメリカが外国から商品を購入し、支払いをドルですることにより、世界中にドルがあふれます。世界中にドルが行き渡れば、世界各国どこでも貿易の支払いにドルを使えるようになる。これが、ブレトンウッズ体制の狙いでした。

ドルと金の関係

第二次世界大戦後、戦争に負けた日本・ドイツ・イタリアもブレトンウッズ体制に参加しました。日本の円の交換レートは、1ドル360円と固定されました。固定相場だったので、各国のお金は、いつも決まった交換レートでドルと交換できました。そして、ドルは金とも交換ができるようになったのです。ドルと金交換比率は1オンス(約31.1グラム)=35ドルでした。

ドルが金に交換できた!?

ドルが世界にあふれると、やがてドルを金に換える要求も増加します。海外諸国が、アメリカに対して、持っているドルと金を交換してくれと要求した場合、アメリカは自国で保有している金と交換することになります。

しかし、アメリカが持つ金の保有量には限りがあります。1949年にアメリカ政府が持っていた金の量は、ドルに換算すると245億ドル分でした。ドルと金の交換が続けば金が不足します。アメリカ以外の国々が持っているドルの総額が、アメリカが保有する金の量より多くなると、金との交換ができなくなってしまいます。

そこで、不安になった各国政府が、持っているドルを金と交換するようにアメリカに要求します。これにより、アメリカが持っている金の量が急速に減り始めました。その結果、アメリカが持っている金は、1959年には195億ドル分にまで金が減ってしまい、その後もアメリカの金は減り続けることになりました。困ったアメリカは、1971年8月15日、ニクソン大統領が「今後、ドルと金の交換には応じない」との声明を出しました。この衝撃的な声明は「ニクソン・ショック」と呼ばれました。

ドルをいくら持っていても、金と交換できない。これは、戦後の国際通貨体制の崩壊を意味します。しかし、ニクソン・ショック後も変わらずドルは世界貿易の支払いに使われました。ドルに代わる通貨が他になかったからです。

kinn

アメリカの経済は基軸通貨に支えられてきた

アメリカは、ドルが「世界のお金 = 基軸通貨」であり続けたことで恩恵を受けてきました。アメリカ経済が不景気になると、他の国はアメリカに投資するのをストップしたくなりますが、貿易の支払いのためにドルが必要なので、アメリカと取引を続けてドルを手に入れざるを得ません。
こうして、外国からのお金がアメリカ国内に流れ込み続ける仕組みとなりました。この仕組みによって、アメリカは、仮に不景気になっても外国からの投資がなくなることはなく、不景気を耐え忍んでいればそのうち経済が回復するという好循環が続いてきました。

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